うちのお父さんが末期がんで危篤状態になったときのこと。父の入院中、不思議な出来事が多々あり、ベテラン医師でももうどうしようもないほどの末期がんになっても、人や父親としての尊厳というものは最期まで保たれることを知らされた。
余命いくばくもない父のそばに少しでも一緒にいて最期まで時を過ごすために家族一同で同じ病室に寝泊まりすることになったころ、生命の不思議のようなものが起こっているんだろうなと思わされることがあった。一番印象的で凄いなと思ったのが、視力も落ち、話すことすらもままならなくなった父が、病室に今誰と誰がいて誰がいないかということを見事に言い当てたこと。
別にいちいち今家族の中の誰がトイレに行っているとか、ナースステーションに行っているとかを父に伝えているわけでもないのに、通常の身体機能を失った代わりに第六感というものが研ぎ澄まされるのか、それともまた別の理由からなのかはさだかではないが、とにかく今自分のいる病室に誰がいるいないがちゃんと分かっているということが凄かった。私が物を取りに一時病室から離れたときも、父は「今あいついないだろ」という具合に見事に私の不在を把握していたという。
単に私の話し声がしなくなったからというよりか、きっと本能のたぐいのもので、その場で我が子の持つエネルギーや空気感のようなものを感じ取ったりしていたのかもしれない。父は最期の最期まで私の父であった。